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2009/05/17 いつでも物語を書き直す覚悟を持つ

2009/05/16 19:00 に Site Admin が投稿   [ 2009/06/08 18:03 に更新しました ]

映画監督の龍村 仁氏は、アフリカの砂漠地帯で暮らす珍しい象を撮影したいと願った。しかし、猶予はたったの四日間。氏はこのように考えて撮影を開始した。

 もし仮にこの限られた時間に象に会えなかったとしても、”会えた”ときよりももっとワクワクするような、感動的な面白い作品がつくれるかもしれない。いや、そんな方法が必ずあるはずだ。”象に会いたい”という熱い想いと、いま自分たちが持っている知恵と情熱を最大限に発揮しながら象を探し求めるプロセスを描けば、”会えなかった”という事実は、ひょっとすると”会えた”時よりも砂漠象の真実をよりリアルに表現できるのではないか。そう思った私はまず、砂漠象を探し求める、という行動そのものを撮影することにした。

― 龍村 仁 『地球(ガイア)のささやき』(角川書店、2000年)

氏は、チャレンジに臨みつつ、すでに「結果がどうあれ物語を書き直していこう」という覚悟を持っている。

幸運にも、象は現れた。そのシーンの描写に続けて、氏はこのように語っている。

 私はいつもこんな”共時性(シンクロニシティ)”に助けられている。”共時性”が起こった時、それを起こしてくれた見えない大きな力に心から感謝する。ただ、その”共時性”に頼っているわけではない。幻の象に向かって本気で「会いたい」と願う。「必ず出て来てくれる」と信ずる。しかし、もし限られた時、限られた場の中で会えなかったとしても、それにはたぶん、より積極的な「会えない理由」があるのだろうと考える。そこから、限られた現実を処理する無限の方法が生まれてくる。

― 同上

僕は「見えない大きな力」というような表現に対しては警戒心を持つ。その事象が何であれ、ある事象が起きることを信じておきながら、それがなぜ生じるかをよく考えずに「見えない大きな力」のおかげと言ってしまうのは、ある種の思考停止のように感じる。ただ、状況をどうとらえるかによって「限られた現実を処理する無限の方法が生まれてくる」という主張には共感。強く共感したので、メモしておきたくなった。


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